第四十話 南無大慈大覚白蛇大権現様
▼ごく普通の人々が、ある日突然正気を失い、
あたりかまわず落書きをはじめる奇妙な事件は、
京都に端を発し、今や日本全国に広がりを見せていた。
それは人の心に感染する鬼の仕業だった。

▼捜査を担当していた京都府警察本部の北大路警部は、
主だった事件の背景に同じパソコンが関係していることをつきとめた。
そのパソコンの持主は卯乃の弟の達也のものだった。

▼落書き事件の主犯の容疑のかかった達也から事情を聞くため、
卯乃、猿渡、鳥居、犬飼、そして北大路警部の5人が卯乃の弟の達也の部屋へ向かった。
達也の部屋は、居間の向こうの階段を上がった2階の奥。
卯乃が達也の名前を呼びながら部屋の前までやってきた。

【卯乃】
達也ー。達也ー。

【達也】
なにー?

【卯乃】
なんだ、いるんじゃない。
達也ー。入るよー。

がらっ。

▼卯乃たちは、達也の部屋の引き戸を開けて中へ入った。

【達也】
なにー、お姉ちゃん。

【卯乃】
何これ?
達也なんなのよこの部屋。

▼達也の部屋は床にも壁にも天井にも紙が何重にもびっしりと貼られ、
その全ての紙に描き殴ったような絵が描き込まれていた。
達也はその、禍々しい小さな空間に置かれた勉強机の前に、
平然と座っていた。

454tatsuyaroom.jpg

【達也】
何って僕の描いた絵だよ。
僕、漫画家になりたいんだ。
お姉ちゃんだって知ってるだろ。

【猿渡】
達也君。なんでこの人がお姉ちゃんってわかるの?
望月さんのこの恥ずかしい姿。
君はじめて見るよね。

【達也】
あれ?そうだっけ?
そんな事ないよ。

【北大路警部】
達也君、ちょっと君のパソコン調べさせてくれるかな?

【達也】
だめだよ警部。
これは僕のパソコンだよ。

【卯乃】
達也。なんでこの人が警部だって知ってるの?

【ウサギ】
卯乃。ビンゴだ。
達也の中に大鬼がいるぞ。
大鬼は自分から発生した小鬼の記憶を共有する事がある。
この前、下鴨警察署で暴れた「手鬼」の見たお前や警部の事を覚えてるんだ。
達也の中にいる鬼は、
落書き鬼の親玉。大鬼だ。

▼その時、北大路警部の無線機が鳴った。

ピピッ、ピピッ。

【北大路警部】
ちょっと失礼。なんだ中村巡査。

【中村巡査】
警部、府警本部から連絡がありました。
市内に怪物が多数出現。
現在執行中の公務を中断しすぐに本部に帰投されたし。

▼その無線機からの報告は、
スピーカーを通してその場にいる全員が聞いた。
比叡山の結界を破って出現した鬼は、
京都の街なかで暴れているようだ。

【達也】
ふふふっ。なんだか盛り上がってきたね。
僕みたいな低級鬼が鬼門の解放に一役かえるかもしれないなんて。
スサノオさま~誉めて誉めて~。

【卯乃】
達也何言ってんの?

【達也】
お姉ちゃんたちもほら落書きしてごらんよ。
楽しいよ~。
絵を描くって本当に素敵な事だよ~。
さあ、さあ、おいで。
めくるめく落書きの世界へ~。

【卯乃】
猿渡さんっ。

【猿渡】
ボロンティーク、眠れっ!

▼達也は猿渡の睡眠術で一瞬で眠ってしまった。
落書きだらけの床に倒れこんだ達也に、
泣きながら駆け寄った卯乃。

【卯乃】
うう~達也。たーつーやー!
どうしちゃったの。
お姉ちゃん、気づいてあげれなくてごめんね。
ごめんね。

【ウサギ】
灯台元暗しだったな。
この家には浄化されていない鬼の尻こ玉が本殿にたくさんある。
俺たちウサギは鬼の音を聞き分けて鬼を見つけるんだが、
尻こ玉から出る鬼の音が大きすぎて気づけなかった。
まさかこんな身近に鬼が、しかも大鬼に憑かれた者がいたとはな。

【猿渡】
警部さん。
私たち今から達也君の心の中に入っていって、
この落書き事件の元凶の大鬼を退治してきます。
警部さんはこの街を守ってください。

【北大路警部】
心の中って?え?

【猿渡】
警部さん、わたしのお母さんもそうだったの。
鬼は人の心の中に棲む病原体みたいなものなんです。
そんな鬼に感染した人が落書きをしたり、悪い事をするんです。

【北大路警部】
本当なのか?

【猿渡】
はい。信じてください。
だから鬼に憑かれた人の心の中に入っていって、
その鬼をやっつけたら、
正気を取り戻せるんです。

【北大路警部】
わ、わかったような、わからんような・・・。

【猿渡】
それでは行ってきます。
わたしたちが帰ってくるまで、
達也君の体を安全な場所へ。

【北大路警部】
わ、わかった。

【猿渡】
それじゃみんな行くよ。

【卯乃、鳥居、犬飼】
うん。

▼卯乃、鳥居、犬飼に呼びかける猿渡。
もうすっかりリーダーだ。
4人は猿渡の母の時と同じ要領で、
眠る達也の鼻の穴に飛び込んでいった。

ずばうううっ!

▼一瞬辺りが閃光に包まれたかと思うと、
次の瞬間4人の姿は消えていた。
部屋には、昏々と眠る達也と
一人、茫然自失でたたずむ北大路警部が残された。


▼同じ時刻。ここは上終
かみはて
先生が入院している大学病院。
空には黄一たちの五匹の竜が駆け巡り、
無数の鬼が飛来している。
地上ではあちこちから火の手が上り、
得体の知れない怪物、鬼が暴れている。
その様子は病院の中からも確認できた。
医師も患者も大混乱の中避難をはじめている。
外へ向かう人の流れに逆らって5階の上終先生の病室に、
あの、修学院高校理事長兼、
宮内省皇宮警察本部長にしてツキヨミの神様。
六条宮玄仁
ろくじょうのみやくろひと
がやってきた。
今日は5、6人の部下を従えている。
六条宮は上終先生の病室へ入っていった。

【六条宮】
上終先生。
あなたを朝廷政府で保護する。
すぐに避難準備をせよ。

【上終先生】
あ、理事長。
何事ですか?なんだか街中が混乱しているようですが。

【六条宮】
常世の国にいる鬼が、
比叡山の封印を破って
この現実世界に攻めてきたのじゃ。
そなたをここで死なすわけにはいかんからな。
安全な場所まで避難するぞよ。

【上終先生】
他の患者さんたちは?

【六条宮】
さあなぁ、逃げ足の早い者はとっくに逃げてるであろう。

【上終先生】
はあ、わかりました。まいります。

▼上終先生は六条宮とお付の人たちに囲まれて病室を出た。
一行が病院の1階に降りてきたとき、
鬼の放った鬼弾が避難途中の上終先生たちのすぐ側に着弾した。

どがあああん。

【上終先生】
うわあああっ

▼その爆発の勢いで上終先生たちは吹き飛ばされ、
床に倒れこんだ。
しばらくして頭を上げると、病院の壁に大穴が開いており、向こうが見えた。
さらに土煙が晴れると、あちこちに火の手が上がる京都の街が見えた。

▼そして目の前の病院の庭には、
先日上終先生を迎えにきた白蛇教団の信者たちがいた。
信者達は上終先生がいた病室に向かって祈りを捧げていた。
しかしすでに多くの信者が力尽き倒れている。
信者の一人が上終先生を見つけた。

【信者】
おお、大権現様だぁ。
大権現様がお出ましになられたぞー!
みんなー立ち上がれー。

▼疲労や怪我で倒れ込んでいた信者が立ち上がりはじめた。
老人から子供まで、火災のススや土で汚れた顔に笑みを浮かべていた。

【上終先生】
みなさん、ずっとここにいたのですか?

【信者】
大権現様。われら白蛇衆は大権現さまと共にあります。
白蛇大権現様。我らを導きたまえ。

【上終先生】
みなさん。わたしはみなさんのご期待には応えられません。
わたしにはみなさんを助けてあげられる力は無いのです。
どうかみなさん。私のことは諦めて、ここから逃げてください。

▼信者に語りかける上終先生を制止するように、
六条宮が口を挟んだ。

【六条宮】
上終先生。
あちらに車が来ておる。
すぐにここを脱出するのだ。

▼その時、信者の最後列から悲鳴が上がった。
鬼が現れたのだ。
鬼の数は3匹。無抵抗な信者をとらえては一呑みにして食べている。

【信者】
大権現様ー。大権現様ー。

【六条宮】
上終先生。早く来い。ここはすぐに鬼に囲まれる。
こやつらの事は諦めよ。

【上終先生】
いや、理事長。少し待ってください。

【上終先生】
みなさん。
逃げてください。
はやく。

▼それでもその場を動こうとしない白蛇教団。
上終先生が思わず信者の中に飛び込んだ。
そして教団を率いている、先日病室に入り込んできた老人。
吉川比呂家に駆け寄った。

【上終先生】
あなたこの人達のリーダーでしょ。
はやくみんなを連れてこの場を離れなさい。

【吉川】
わたくしたちのリーダーは貴方様です。
白蛇大権現様の導きにわたしたちは従います。

【上終先生】
なら、わたしの言う事を聞きなさい。
早くここから逃げるのです。

【吉川】
その必要はありません。
貴方様が白蛇様としてお目覚めになられましたら、
あのような悪鬼など恐るるに足りません。
我らを、我らを、いやこの日本を、お助けくださいませ。

【上終先生】
蒙昧な事をおっしゃらないでください。
みなさんの中には子供もいるじゃありませんか。

▼そうしている間にも鬼の数が増え、
無抵抗な信者たちが次々と鬼に食べられてゆく。
信者達は迫る恐怖に怯えながら、
目をかたくつむり、ひたすらにお経を唱えている。

【上終先生】
なぜ従ってくれないのです。
わたしはどうすればいいのです。

【吉川】
古来より伝わる言葉です。
白蛇様、わたくしに続いてご発声を。
プルルン。

【上終先生】
なんですと?

【吉川】
さあ、我らを哀れにお思いでしたら、
ご発声を、プルルン。

【上終先生】
プルルン、

【吉川】
クプルプ

【上終先生】
クプルプ、

【吉川】
チャマヘス・バカム

【上終先生】
チャマヘス・バカム

【吉川】
変身。

【上終先生】
変身。さあもういいでしょう逃げてください。

【吉川】
そして蛇を、白蛇を心に思い描きくだされ

【上終先生】
えっ。白蛇?うわあああ!

ずばううううっ!

▼まばゆい閃光。轟く地響き。吹きすさぶ暴風。
その場にいた全ての者が地面にひれ伏した。
そしてその混乱の中、頭を上げた者の視線の先には、
20メートルはあろうか、巨大な白蛇がいた。
南南東を護る神シャンディーラの化身は自分自身にその使いの白蛇を宿し、
白蛇に変身する。

454shirohebisama.jpg

▼巨大な白蛇は天を仰ぎ、どんどん大きくなってゆく。

【信者】
白蛇様じゃー。白蛇様のご降臨じゃー。

【信者】
白蛇様ー。大覚白蛇大権現様ー。

【六条宮】
ちっ、忌々しい信者ども。
勝手に覚醒させおって。
まあよい。
ここは先生にがんばってもらわないと、
この状況では、もはやわたしの命も危うい。

▼白蛇はどんどん大きくなってゆく。
病院の壁を壊し、庭の木をなぎ倒し、
取り巻く信者達も慌てて後ずさりした。
透き通るように真っ白な鱗。
輝く深紅の眼。
高く高く鎌首を上げたその蛇は、
今は全長40メートルを優に越えていた。
そしてその巨大な白蛇が天に向かって大きく吠えた。

ぐおぉぉぉぉぉん

▼これ以上大きくなると信者達まで潰されてしまう。
その寸前で蛇の巨大化が止まった。
と同時にビルの5階ほど上にある蛇の頭が、
信者達を襲う鬼を睨んだ。
立ちすくむ鬼達。
まさに蛇に睨まれた蛙。
そして次の瞬間。
一陣の風が吹いたかと思うと、
その辺りにいた鬼が消えた。

シュバアッ!

▼天高く掲げた鎌を振り下ろすように、
白蛇がものすごいスピードで鬼を食べたのだ。

【信者】
白蛇様ー。白蛇大権現様ー。
わー。わー。

▼信者達から大歓声が起こる。

シュバアッ!シュバアッ!

▼白い大蛇の首が振り下ろされる度に、
何匹もの鬼が消えた。
大蛇の口からは鬼の血がしたたり、
辺りの地面を、病院の外壁を、血に染めた。
それはまるで血を筆に含ませ、世界に文字を書いているように見えた。

【六条宮】
蟒蛇(うわばみ)め、
近くで見るとさすがに恐ろしい。

▼大蛇は辺りにめぼしい鬼がいなくなると、
餌食の鬼を求めて病院の敷地から出て行きはじめた。
それを見て白蛇教団の長、
吉川老人が信者に向かって叫んだ。

【吉川】
皆の衆。白蛇様が七十年の時を経てお目覚めになられた。
そしてたった今、我らをお救いになられたのだー。
南無大慈大覚白蛇大権現様のご降臨じゃー!
白蛇様のご威光をもって、今この現世にはびこりし悪鬼を祓っていただこうぞ。
今一度聞く。命を捨てる覚悟はあるかー!
ある者は続けー!
我らが囮となりて、鬼共を集めるのじゃー!
必ずや白蛇様が悪鬼共を一匹残らず祓ってくれようぞー!

【信者】
おおー!

【吉川】
女、子供は残れ。
我らが戻らぬ時は、次の世代に使命を繋げ。


▼京都の街を徘徊しはじめた白い大蛇。
その大きさはもう100メートルほどになっている。
その大蛇の後に白蛇教団の信者達がお経を唱えながら続く。
その様子はまるで世紀末の到来を告げるパレードのようだった。

南無大慈 大覚 白蛇大権現
南無大慈 大覚 白蛇大権現
南無大慈 大覚 白蛇大権現
南無大慈 大覚 白蛇大権現・・・・


2011/06/16 | ぷるるん戦士奮戦記【日本諸鬼】 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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